社畜な鯱狗の妄想雑記

吾唯足知、即身仏。南無、阿弥陀佛。

【青春タンクデサント】a4「一学期の終わり、先輩への供物」

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    放課後、電車で三十分ほどを掛けて。睦美紅子と二人で訪れた町外れの、小高い丘に。
    その霊園は、あった。
「“蝉時雨”という言葉を考えた誰かは、なかなか、恐るべき『詩人』だな」
    姫宮絵里の、四十九日と数日の、墓参り。
    それが、本日の“タンクデサント部”の「活動」だった。
「……今の先輩は、あまり『詩的とは言い難い』ですが」
「にゃにおぅ!?」
    自販機のアイスバーを舐めながら、休憩所のベンチから豪快に足を投げ出した、おっさん臭い姿を、的確に指摘したつもりであったが。
「それじゃあ、アレです。『美人』が台無しですよ」
    我ながら、歯が浮くようなフォロー。
「むぅ……貴様は、あくまで」
    すっかり、陽が長くなった。夕暮れに照らし出されて。
「私を『美少女』とは認めない、というつもりか」
    それでも、先輩は不満であるらしい。
「……頬を膨らますのは、『あざとい』っスね」
    隣に座る僕は、適当に、はぐらかす。
    --この二ヶ月弱の。
「あーはいはい、分かりましたよーだ」
    “タンクデサント部”の、大小の奇妙な日々の中で。
    睦美紅子と付き合っていく上で。
    未だ“チューニング”は済ませていない僕が、自然と身に付けた「知恵」だ。
「……あー、今日は、良く歩いたわ」
    姫宮絵里の墓前に、花と線香を供えて、二人で手を合わせた。それから「歩き疲れた」と主張する先輩を、こうして休ませている。
    ソーダ味のアイスバーの、最後の一欠片を齧って黙り込んだ、この「変な美人」に。
    僕は、訊ねたいことが、あった。
「……先輩」
「なんだい?」
    僕の方へ首を傾げた、彼女の夏服のリボンが揺れる。

「“タンクデサント部”って、他に『“部員”は増やさない』んですか?」

    ミンミンゼミの騒擾が、フッと、遠のいた気がした。
    睦美紅子は、吊り目がちの眼差しを、細めて。
「ふむ、なかなか良い質問だね、“ワトソン小林”君」
    予想外の切り返しを、浴びせられた。
「な、何ですか、いきなり!?」
    ソレは、僕、犬飼恭兵が運営する、流行らない書評サイト《ベイカーストリート怪奇四十番地》の、管理人としてのハンドルネームである。
    --そして、先輩が、僕に目を付けたキッカケでもあったはずだ。
「……私は、あまり『小説』を読まない。読むのは『歴史』が中心であってね」
    僕の動揺には委細構わず、彼女は続けた。
「しかし、たまたま貴様のサイトを知ったのが縁でね。貴様の紹介している、幾つかの小説を、読んでみた」
    先輩が、ストレートの長い黒髪を、搔き上げる。
カフカの『変身』であったり」
    姫宮絵里の葬式の日に、ずばり「駄作」と断じた先輩の演説が、脳裏をよぎる。
「何より感銘を受けたのが、『虚無への供物』だ」
    中井英夫の処女作にして、通称“三大奇書”の一冊。
    “アンチ・ミステリ”の「開祖」。
「少し調べてみたら、すぐに理解ったよ」
    --少なくとも、「あまり小説を読まない」と公言する人が、手を出す代物ではない。

「アレは、やはり“交通戦争”の時代に書かれた、小説であるのだな」

    休憩所のベンチから、長い影を、僕らは落とす。
「貴様のお陰で、良い書物と出逢えた。礼を言う」
    睦美紅子が、スッと、立ち上がる。
「……それが、僕を誘った『理由』なんですか?」
    逆光に浮かぶ背中に、改めて訊ねた。
「……そうだな。その『一端』ではある」
    肩越しに振り返った先輩は、曖昧な微笑。
「この“タンクデサントの時代”で『戦う』には、少数精鋭の“同志”がいるのに、越したことは無いからな」
    何故だか僕には、それが「寂しげ」に、映った。
「『一端』、ですか」
「そうだ、『一端』だ」
    姫宮絵里が眠る霊園の一角に、蝉時雨が降る。
推理小説が好きなんだろ?少しは、自分のアタマで考えてみたまえ、“ワトソン小林”君よ」
    夕陽よりも更に真っ赤な、睦美紅子のヘアバンドは。
「言っただろ?私は『この物語のヒロイン』であると。だから『推理』をするのは--」
    まるで、この“セカイ”と。

「“ワトソン”君。キミなんだよ」

    彼女が“タンクデサントの時代”と、呼ぶモノと。
「安心したまえ。『ヒント』は、既に、充分に出してあるつもりだし」
    いつか、「同化」してしまうことを。
「どうせ、まず『当たるワケが無い』のだから」
    力強く、「拒絶」しているかのようで。
「だって、コレは『推理小説ではない』。そうだろ?」
    僕は、立ち上がれないまま。
「そして、私は『死者ではない』のだから」
    ただ、先輩の奇矯な「謎掛け」を聞かされる。
「キミが、どんな『頓珍漢な推理』を披露したとて」
    --コレが、先輩と、僕の。
「私を『冒涜することにはならない』のだから」
    二人だけの、学校非公認の“タンクデサント部”。
「まぁせいぜい、好き勝手に、推理をしてくれたまえ」
    言いたいことを一頻り喋り終えて、睦美紅子は「そろそろ行こうか」と、僕を促す。
    夕暮れの熱を持った色彩は、しかし気が付けば、夕闇の冷めた群青に染まろうとしていた。
    僕が初めて、先輩に「キミ」と呼ばれた日。
    初めて訪れた町の、小高い丘を下っていく。
    一学期が、終わる。夏休みが、やってくる。