社畜な鯱狗の妄想雑記

より良く、生きましょう!

「無償の愛」という「無責任」な「語義矛盾」

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恥ずべき者を恥ずべきままに愛せるか?

理由付きの、括弧の付いた愛する営みのなかで、その理由と括弧が取り除かれると愛する営みが終わる。理由と括弧が外された上にある生々しさすら愛するなんてできるんだろうか?



……なかなか、哲学的な「命題」を、
目にする機会がございましたモノで。

約10年前、最後にお付き合いをさせて頂いた女性に、
フラれた時のコトを、思い出したりしまして(苦笑)。



曰く。

「愛されている実感が無い」と。

そのヒトは、どうも直前に、
鯱狗を「試された」らしく。

鯱狗を「怒らせようとした」そうなのです。
(鯱狗の人間性をバカにしたり)
(元カレとイチャついてみたり)

でも、鯱狗は「怒り」も「叱り」もしなかった。

ソレで「踏ん切り」が付いた、と。



約10年前ーーつまり20歳前後の鯱狗には、
何やらチンプンカンプンだったのですが。

30歳になった、今の鯱狗には、
朧げながら、理解る気がします。



向こうから告白された経緯もあってなのか。

鯱狗は、そのヒトに。ほとんど、まったく。

「見返りを求めなかった」んですよね(苦笑)。



鯱狗はそのヒトに、鯱狗なりの、
「愛情」は持っていたつもりで。

……ええ、「見掛けの上」では。

いわば「無償の愛」を、抱いていた。



断言しますが、
ソレは「致命的な誤り」でした。



「見返りを求めなかった」んじゃない。

「見返りを期待していなかった」んです。



……相手にとって、ソレは「屈辱」でしょう。

愛する人」に、
「何の期待もされていない」なんて。

ヒトをバカにするのも、大概にしろと。

そんな次元で、
鯱狗は、そのヒトを「傷付けていた」。

まぁ、端的に言って、アホでクズです(失笑)。



……………………。



ネットで、定期的に取り上げられる、
『ラーメン才遊記』という漫画にて、
こんな「名言」が、あるんですよねw



「金を払う」とは、仕事に責任を負わせること。
「金を貰う」とは、仕事に責任を負うことだ。
金の介在しない仕事は、絶対に無責任なものになる。



コレは「仕事論」ですが。鯱狗の考えでは、
「仕事→愛」「金→見返り」に変換しても。
間違いなく「成立する」と、そう思います。



「無償の愛」は「無責任」なんです。



というか、むしろ、
「見返りを求める」コトこそが、
「愛の本質」であって。

「無償の愛」とは「語義矛盾」であるとすら。

鯱狗は、大真面目に、そう考えています(苦笑)。

「見えざるピンクのユニコーン」と、
同じかソレ以上の「語義矛盾」かとw



以上を踏まえて、冒頭の「命題」に、
鯱狗なりの「回答」を寄せるのなら。



「理由の括弧を付ける」という、
ソレこそが、まさに「愛」だと。



そんなコトを、考えた次第でございましたw

ステキな「愛」を、鯱狗は応援しますよ!(≧∀≦)

「愛」は、惜しみなく「欲して」。そして。
「愛」は、惜しみなく「奪う」のです!(爆)





……とまぁ、偉そうにグチグチと書きました、が。

鯱狗にとっての「個人的な問題」。

「他人にナニを期待すれば良いのか」
「他人にどんな見返りを求めれば良いのか」

肝心のソレが、未だに「判っていない」。

三十路の厨弐病きめぇwwwで、
全然構わない、ってか、まさに、
ソレが「病巣」の気もする(苦笑)。

鯱狗はアスペルガーでも、サイコパスでもない。
些かの「スティグマ」も、持ってはいない。
ごく普通に、涙脆い共感性を持った、凡人。

とりあえず、ソレが判るまでは、
恋愛とかはムリだ。資格が無い。

……少なくとも。

「正解」を「頭で考えちゃイケナイ」ってのは、
何となく直感として、理解る気はするのですがw



取り留めの無くなったトコロで。

ではではw