社畜な鯱狗の妄想雑記

吾唯足知、即身仏。南無、阿弥陀佛。

【青春タンクデサント】b2「静かに、そしたら、連れ出して(遠くへ)」

orcadawg.hatenablog.com

 

✳︎
    市内のターミナル駅の、片隅で。
    待ち合わせの時間には、まだ三十分もあって。
    恋する乙女じゃあるまいしと、睦美紅子は、心の中で、独りごちた。
    --文化祭の二日目を、“サボタージュ”する。
    馬鹿げた「提案」を、驚くほど、すんなり受けた。
    犬飼恭兵のことを、改めて思う。
(……うん。やっぱり、ワンコだね)
    平日の昼間といえど、行き交う人並。
    その雑踏はしかし、涼しげな淡い水色のカーディガンを羽織った、彼女の耳には届かない。
《I know what you’re thinkin’》
《I know how you’re feelin’》
《Believe me, you’re not alone!》
    待ち人が貸してくれた、ポップパンクと呼ばれるらしいジャンルの音源が、イヤホンに掻き鳴らされていた。
(……うーん、オトコのコだねぇ)
    微苦笑を浮かべ、それを停止する。親指がプレイヤーの画面上を暫し、彷徨ったのち。
    Deftonesの“Around The Fur”を、選ぶ。
    そして、迷うこと無く、六曲目へと飛んだ。
 
    “Be Quiet And Drive (Far Away)”。
 
    乾いたディストーション・ギター。
    重厚なリフは、しかし、異様な高揚感を放っていて。
    その上に、浮遊していながら、唐突にヤケクソのように絶叫する、ボーカルが乗る。
    爽やかでいて、病んだ自愛的なメロディー。
    重苦しくも、軽やかな、轟音の渦。
    そこに「矛盾」は、無い。
    --ほんの、二年ほど前。
    ネット上で知り合った「自称・バンドマン」の金髪に、処女をくれてやって。
    唯一、得られたモノが、あったとすれば。
    Deftonesの、この2ndアルバムの存在だろうと。
    睦美紅子は、そう、考えている。
    物珍しそうに、彼女の左腕の傷痕を見た男は、何枚かの音源を渡してくれた。
    Nirvanaは、いかにも「オトコのコ」だと。それ以外の感想は、特に無かった。
    オススメされたDeftonesの1枚目も、同じく。
    “Bored”--退屈と、言われたところで。
    何一つ、感慨は伴わない。
    --ソレは、初めてのセックスと、何ら変わらない。
    図書館で、貪るように、歴史書を読み漁りながら。
    初めて出逢った、見ず知らずの男に抱かれる、私。
    男を取っ替え引っ換えしながらでないと、とても生きていけない。いわば「恋愛依存性」の、母親の血を引く。
    自分は「違う」と。そう、思いたかった。
    父親の顔は知らない。母親の手料理は知らない。
    私の、このカラダは。
    きっと、コンビニ弁当で、出来ていて。
    それでも、男にとっては価値があるらしいというのは、可笑しくもあり、死にたくもあった。
    --自分は結局、母親の血を、引いているのか。
    歴史書を貪る。
《すべては、科学的な必然に基づく》
    白黒写真の、でっぷりとした鷹揚なロシア人が。
    私を、嘲笑っていた。
 
    千々として、思わず、乱れた思考を。
《And I don’t care where just》
    そのボーカルの、意気揚々とした、金切声が。
《Far! away……》
    ターミナル駅の片隅へと、引き摺り戻した。
    --どこでもイイから、とにかく、遠くへ。
    苦笑いするしかない。
    自分は、まさにこれから。後輩の少年と連れ立って。
    季節外れの、海を。
    見に行こうとしているのだ。
(……女々しいよね、Deftonesって)
    睦美紅子は、約束の十五分前を確かめると。
    音源を切って、いったん、待ち合わせ場所を離れる。
    --犬飼恭兵を「待たせる」ために。
    そして、約束の五分後に、白々しく現われる自分が。
    彼に。
    Deftonesの音源を貸すことは、無いのだろうと。
    漠然と考えながら。長い黒髪に、真っ赤なヘアバンドの少女は。喧騒に紛れて、駅ビルの中に消えていった。
 
 
 
 
 
Deftones - Be Quiet And Drive (Far Away)
 
Home Grown - You’re Not Alone