社畜な鯱狗の妄想雑記

吾唯足知、即身仏。南無、阿弥陀佛。

不能列車、北へ

✳︎
0番線の列車は、逆行する。
ワンマン運転で、発車する。
三両編成を、鈍行する。

通過する、曇天の公園は、
異形のモニュメントで、
溢れている。渇水ギロチンに、
少年野球と、ザリガニ釣り。
鳩でも鴉でも雀でもない、
艶やかな、黄色い嘴。
改良工事に咲く花は、紫。
江戸と露西亜と亜米利加の、
共生という。本当に咲いている方が、
むしろ人工的で。引き続き、鉛。
去勢された水車の、亡骸など。

公園を抜ける。肉と煙草を、
等しく胃袋に収める生命体の、
ための、安田講堂が、あるらしい。
天井桟敷クリケット。そして。

--住宅街に、忽然と。

上水道から、垂れ流す御神水に、
物々しく、巡らせた有刺鉄線を、
突破して。稲荷の司に、謁見を、
申し入れたく。
《愛郷之碑》に、曰く。
此の社は、“此の里”を、恐るべき、
無秩序な“市街化”から、防衛する、
ための、抵抗の拠点、であった。
--全てに、合点が行った。
この、異邦人にさえも。

結界が、神を、聖別する。
「ただ、畏れよ」と。
こうして記録する、私の手を、
藪蚊が執拗に刺しては、
警鐘を鳴らす。狗の遠吠えが、
左右の耳に、切迫して、呼応する。

三柱の、石彫の御狐様が、
私を、異邦人を、睨み付ける。
一柱の、木彫の御狐様が、
鷹揚に笑んで、彼らを下がらせる。
私は。精一杯に、異邦の客らしく、
啖呵を切って。財布に在った、
百円と、消費税を五円、奉納する。
昭和64年の作法に、則って。
エニシとは、一宿一飯の恩義。
これで私も、“此の里”を、防衛すべく。
果たすべき、義理を負った、
ということだ。

雨が。降り出した。

チェーンの薬局を発見して、
私は遂に、呼吸を、取り戻す。
--異邦人は、零で割られる。
あの列車は、忠告を発していた、
ではないか!

極めて、機械的な精確さで、
新たな指示書を、受け取る。

ただ、それだけのために、私は。
生命の危機を、乗り越えねば、
ならなかったと、いうのか?
私が、生きて、“彼の里”を、
脱出することができたのは、偏に、
あの、気紛れな、御狐様の慈悲を、
得られたからに、過ぎない。
そして、黄泉竈を、食らわなかったこと。
--自覚せよ。己の、途方も無い、
僥倖を。

遂に。列車は、0番線に帰還する。
何故、人が、たった一駅のために、
その0番線を、建立したのか。
今や、その叡智の限りは、明白だ。
「ただ、畏れよ」と。
藪蚊の警鐘が、こびり付いて、離れぬ。
人は。社を、観光地へと、
改造工事を、未だ、完遂できぬまま。

私が。“彼の里”で、
最後に目にした、文字列。
北綾瀬
私には、もはや、その文字列が、
一音たりとも、読めぬ。
確かに、目的地であった筈なのに。
北綾瀬
“彼の里”は、どうやら私の生命を、
永遠に呪わんと、
決意したようである。

0番線の、三両編成が。
私に、憐憫の眼差しを向ける。
零で、割られてしまった、
私の。生命を、
見透かして。