社畜な鯱狗の妄想雑記

より良く、生きましょう!

【青春タンクデサント】a8「ヒロイン、失格」

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    郊外に建つ、少し古びた一軒家。
    呼び出された駅から、ほとんど無言のまま連れられて。無人の家に、通された。
「ここは、夏に亡くなった、祖母の家でな」
    カーテンの外された窓から、雑草の茂った庭が見える。
「片付けやら何やらで……うん、まだ、電気は通っているな。良かった」
    その言葉通り、がらんとしているが、テーブルと椅子は残されていて。
    睦美紅子が、先に僕を座らせる。
「……この間は、すまなかったな」
    駅前のコンビニで買ったミネラルウォーターを、電気ケトルに注ぎながら。彼女はそう、切り出した。
「タクシーを捕まえて、家に帰してくれたり、色々と」
    水色のセーターを纏った先輩が、食器棚からカップと、ティーバッグを用意する。
「そんなの……御詫びなんて……」
    --先輩らしく、ない。
    僕は、言葉を呑み込んでばかり、いる。
「砂糖とミルクは……キミは、要らなかったかな」
    プラスチックの盆から、紅茶を供して。
    真っ赤なヘアバンドの少女が、机の向かいに座った。
「私はミルクティー派なんだが、まぁ、仕方無い」
    生活感の喪われた居間で、彼女がそっとティーカップに唇を付ける様は。
「それから今日も、貴重な日曜日を、私のために使ってくれて、礼を言うよ」
    良く言えば「画になっている」し。
「--ありがとう」
    悪く言えば「現実感が無かった」。
「まぁ実際のところ、キミを呼び出したのは」
    ふと、気が付けば。
「こうして『御礼』を、言いたかったのさ」
    予報外れの、大粒の雨が。

「これまで“タンクデサント部”に、付き合ってくれて」

    空き家の窓ガラスを、叩き始めていた。
「そうそう、借りていたCDも返すよ」
    僕の言葉を、待つこと無く。
    睦美紅子は、レコードショップのビニールに包まれた、何枚ものアルバムを机上に置いた。
    Home GrownUseless ID、The Suicide Machines、Fenix TX、AllisterNew Found GloryMXPXLagwagon
「フフッ、聴いていて、なかなか愉快だったよ」
    僕が無理矢理に押し付けた、ポップパンク系の、お気に入りのバンドの“名盤”。
    --きっと、先輩が好んで聴くジャンルじゃない。
「……先輩は、今日」
    それでも、僕は「聴いて欲しかった」。
「僕のコトを、一度も」
     僕が好きなバンドの、音楽を。
 
「一度も『貴様』って、呼ばないんですね?」

    目の前の、吊り目がちの「美人」の、表情が。
「……キミの、そーゆートコロ」
    引き攣るように、歪んだ。
「私は、正直『キライ』だからね?」
    テーブルの上で、彼女は拳を丸める。
「今日は、私の“タンクデサント部”の“解散式”なの」
    雨音が、激しさを増す。
「キミの、そーゆー『察しの良さ』みたいなので」
    下手クソな演劇みたいに。
    先輩と僕は、居間に座って、向かい合う。
「ヒトを、勝手に見透かさないで、くれるかな?」
    カップの紅茶が、無為に、冷めていく。
「私は、キミを、『利用したかっただけ』なの」
    --僕は「答えない」。
「キミのサイトの文章を読んだら、すぐに判ったもの」
    この、一つ上の先輩の「苛立ち」を。
「ああ、この子は、きっと『私と同じ』で」
    ずっと「見て見ぬフリ」をしてきた。
「“チューニング”を受けていない。受ける勇気の無い」
    その「罰」を。僕は、今。
「私と同じ『憶病者』なんだ、って!」
    ここで。受けているのだ--。
「だから、私はキミを『利用』したの!私が『ヒロイン』に、なるために!」
    いつかの「謎掛け」の「答え」を。
「キミなら、私にとって『都合の良いワトソン役』になってくれると、思ったから!」
    こんな形で、僕は聞かされる。
「だから、私は、キミの『推理』なんか『聞きたくなかった』しさぁ!」
    遂に先輩が、拳で、テーブルを叩いて。

「キミの憧れの、姫宮絵里の話なんか、ホントにウンザリだったんだよ!」

    --予想だにしていなかった“名前”が。
「キミが、姫宮絵里に『憧れた理由』なんて、ぶっちゃけ私には、簡単に判ったからね?」
    僕の動揺を、見透かして。
「彼女は、きっと、“チューニング”を受けても」
    長いストレートの黒髪を掻き上げた少女が、勝ち誇ったかのように。

「何一つ『変わらなかった人』なんだよ!!!」

    僕を、嘲笑っていた。
「ホントにね!ホントに、もう!」
    天井を仰ぎ見て。
「姫宮絵里の話を聞かされる、私が!」
    先輩の肩が、微かに震える。
「どれだけ『惨めな思い』をしていたか。キミは、全然、気付いてなかったよね??……この、鈍感男」
    --僕は「答えられない」。
    暫しの沈黙を、挟んで
「……あーあ、やっぱり、こうなっちゃったか」
    フッと、睦美紅子の表情が、緩んだ。
「まぁ『予感』はしてたからさ。だから、わざわざ、誰もいない、お婆ちゃんの家に、キミを呼んだんだしね」
    何もかも「諦めてしまった」。
    先輩の「そんな顔」の、その「責任」は。
「フフッ、キミには、理解るかな?」
    きっと、僕に、ある。
「『ヒロイン』は、その『物語のオシマイ』まで」
    とっくに冷め切った紅茶を、彼女は飲み干して。
「絶対に『死なない』んだよ」
    断言した。

「だから、私は『ヒロイン失格』ってコト」

    住人を喪った、がらんどうの家の、居間で。
「……まぁ、ホント。今日は、ありがとね」
    席を立った先輩は、何事も無かったかのように。
「私は、他にも、色々と片付けとかあるからさ。キミは、先に帰って」
    プラスチックの盆に、ティーカップを下げていく。
「はい。忘れず、持って帰ってね」
    貸していたCDの詰まった袋を、差し出される。
『別に、片付けぐらい待ちますし、手伝いますよ』
    そんな、簡単な一言を。
    僕が、口にすることは無く。
「……先輩、さようなら」
「ん、バイバイ」
    見送られることも無く、玄関を出た先では。
    雨は、少し小降りになっていた。
    これは、予報外れ。手元に、傘は無い。
    構わず、僕は。駅に向かって、歩き出す。
「……どうして……どうして……ッ」
    既にカーテンの無い、その空き家を。
    僕は。
    振り返ることが、できなかった。