社畜な鯱狗の妄想雑記

吾唯足知、即身仏。南無、阿弥陀佛。

【青春タンクデサント】a10「さらば、愛しきタンクデサント!」

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    そして“クリスマスの町”が、“年末の町”へと。
    速やかに、正確に、塗り替えられる。
    --“暦”など、所詮は「定義」でしかない。
    この“セカイ”に「意味」なんて、無い。
    僕らの“人生”に「意味」なんて、無い。
    他者から与えられる「定義」。すなわち。
    勝手な「希望」と、勝手な「失望」と。
    それ以外に、もし、ナニかが。あるとするなら。

    ソレは、自ら描く「物語」だけ。

    勝手な「希望と失望」を、押し付け合って。
    グチャグチャの滅茶苦茶になった、その果てに。
    いつの日か、ちっぽけな「物語」さえ。
    そこに、見出せるのなら。

    ソレこそが「ヒロインの特権」なのだと。

    この、たった半年間に。
    その人が、少しずつ、語ってくれた「思想」を。
    僕はこうして、不完全に咀嚼しながら。
    中央公園のベンチに、一人、待ち続ける。

    十二月二十八日。
    時刻は。
    十七時半を、既に、回っていた。

    人影は疎ら。黄昏時。
    子供を遊ばせる家族連れの姿などは、無い。
    数人の週末ランナーが、ぐるぐる、ぐるぐると。
    僕は浅く腰掛けて、膝の間で両手を組んでいる。

    それでも、じっと待つ、僕の。
    根拠の無い「確信」が、やがて。

    --その姿を、見せる。

「ハイ、差し入れ」

    何事も、無いように。
    ごく、当たり前のように。
    睦美紅子は、十七時四十五分の公園に、現れて。
    僕の隣に、座った。
「まさかとは、思ったけどさ」
    温かい缶コーヒーを、手渡される。
「やっぱりキミは、いるんだね」
    どこか、遠くの方を仰ぎ見て。
「……来るつもり、無かったんだけどなぁ」
    呆れたように、小さく笑った。
    それから、白い溜息を、一つ吐いて。
「今なら、猫が『どうして』いなくなるのか。何と無く、理解る気がするよ」
    閑散とした、宵闇の公園の片隅で。
「だって『どんな顔』したらイイか、判らないじゃん」
    そのように語る、ストレートの長い黒髪の少女の。
    その、表情は。
    泣き出しそう、なのだろうか。
「……そんなの」
    堪えている、のだろうか。
「僕だって、一緒ですよ」
    いったい「どんな顔」をしたら、良いのか。
    いったい「どんな話」をしたら、良いのか。
「……それでも、キミは、待ってたんだ?」
    そんな「正解」など、見付かるハズも無いまま。
「……それしか、できませんから」
    言葉少なに。
    貴重な、時間が。過ぎていく。
    十八時の鐘が、僕らの町に、鳴り響く。
「噴水、見に行きたいな」
    それを合図にしたように、睦美紅子はベンチを立つ。
    僕は黙って、その後に続く。
「そういえば、私達は。いつもベンチに、座ってたね」
    ふと、可笑しげに、先輩が呟く。
「……そうですね」
    空き缶を、脇のゴミ箱に投げ入れて。歩き出す。
言われてみれば、確かに
    姫宮絵里の葬式。あと、墓参り。
    文化祭を“サボタージュ”して、見に行った「秋の海」。
    いつも、ベンチに肩を並べて、座っていた。
「先輩と僕は、いつも、そうしていましたね」
    それが。
    僕らの“タンクデサント部”の日々だった。
「……キミが、中央公園で待っているって、言うから」
    目の前には、無骨なコンクリート製の噴水。
    市営図書館の、白い大理石“風”のような、取り繕う様も何もありはしない。夜陰に浮かぶシルエットは、あたかもまるで「怪物」のように、映った。
「考えてみたんだけど、さ?」
    そんな、何の変哲も無い噴水を中心に据えた、人工池の縁のブロックに。睦美紅子は腰掛けると。

「ここなら、少しは『綺麗に終われる』かな、って」

    そう言って、微笑んだ。
    --あの「諦め切った顔」で。
「『ドキューン、バシャーン!』ってさ?」
    僕の。見るのが「大嫌いな顔」で。
「なかなか、良いアイデアだと、思わない?」
    僕は、答えない。
    僕は、座らない。
    噴水を背にした彼女を、正面から、見下ろす。
    視界の中心には、真っ赤なヘアバンド。
「……怖い顔、してるね?」
    十八時十三分--それが「予言」された時刻。
    あと、残り、僅か。
「……犬飼、クン?」
    不安げに見上げた、その少女に。
    僕は、口を開いた。

「先輩が、死ぬなんて!」

「僕は、絶対に、イヤなんですよ!!!」

    抑えていた、グチャグチャの、思いが。
「何なんですか、その、達観したみたいな態度は!?」
    堰を切って、溢れ出す。
「ちょ、犬飼クン!?」
「イヤだ!僕は、絶対、イヤだ!!!」
    たとえ、先輩に制止されようと。
「僕は“ワトソン”で、“ヘイスティングズ”じゃない!」
    自分でも、もう、止められない。
「だから先輩も“ホームズ”であって、“ポアロ”じゃない!そうでしょ!?」
「ッ、キミは、いったい何を!?」
「物分かり良く、一人で『カーテン』を下ろそうなんて、しないで下さいよ!」
    カラカラの喉で、公園中に響き渡る声で。

「貴女は、“タンクデサント部”の、“部長”なんだ!」

「カッコ良く、理不尽に、死のうとしてんじゃねーよ!」

「カッコ悪く、不条理に、生きて下さいよ!!?」

    腹の底から、叫んだ。
「全然、キミの言うコトが、理解らないよ!?」
「そんなモン、僕だって理解らないですよ!?」
    困惑する睦美紅子が、きっと望んでいたであろう。
    その「静謐なラストシーン」を。
「何が“測量オジサン”だ!何が『予言』だ!」
    僕は、粉々に、打ち砕いて。
「何が“祝福”だよ!クソッタレ!!!」
    叫ぶ。叫び続ける。
「キミは何を言ってるの!ワケわかんないよ!?」
「ワケなんか、わかるワケ無いですよ!?」
    遂に。つられて、先輩までもが。
    立ち上がって、叫び出す。
「ワケわかんない、ついで、ですから!もう洗いざらい、白状しますとね!?」
    --グチャグチャに。グチャグチャに。
「御存知の通り、僕は、先輩に惚れてますし!」
    この、吐き気がするほど、美しい“セカイ”の。
    美しい「シナリオ」なんか、無視して。
「あの、先輩と、海を見に行った日!」
    何事かと、遠巻きに見物する通行人も、無視して。
「先輩が『セックス三昧』とか、言い出すから!」
    僕は、そう。高らかに。



「帰ってから!先輩とセックスする妄想で!」

「オナニーしましたから!!!」



「キミは!バカかぁぁぁぁぁ!!?」





    バスッ。





    銃弾が。

    “祝福”の銃弾が。

    僕の口を、塞ごうと。

    顔を真っ赤にして、思わず飛び出した。

    睦美紅子の。

    頭を。



    --掠めて。



    後方の、噴水の端っこを、砕いた。



「は?……ぇ……あ……??」
    睦美紅子が、尻餅を突く。
    園内の時計を、見上げる。
「……何、で……?」
    十八時十四分を、刻んでいた。
「ぅ、ぅあああああ!先輩ぃぃぃぃぃ!!!」
    その人に、僕は。
    恥も外聞も無く、力一杯、抱き付く。
「先輩!先輩!先輩!先輩!先輩ッ!!!」
「……犬飼、クン……」
    ほとんど放心状態で、彼女は呟く。
「キミは……いったい『ナニ』をしたの……?」
    その体は、厚手のコート越しでも、温かくて。
「あり得ない。聞いたコト、無いよ?」
    僕は、先輩の胸に、顔を埋める。
    --その首元には、小振りの薔薇を象った、シルバーのペンダント。
「“祝福”の銃弾が、ハズれた、なん、て、コト……!」
    喋りながら、緊張の糸が、解れるように。
    彼女の声に、嗚咽が混じり出す。
「……“アイツ”は『リロン』だって、言いました」
    ゆっくりと。僕は、顔を上げる。
「だったら、その『外側』から何か。絶対に、あり得ないような『イレギュラー』を、差し挟んでやれば……もしかしたら、もしかしたら、って……!」
    込み上げる涙で、視界が歪む。
    僕は、グチャグチャだ。
「キミは……キミって人はぁ……!」
    先輩も、グチャグチャだ。
    そして、彼女は。
    未だ、震えの止まない両の手で。
    縋り付く僕の、頬を掴み上げて。

    --瞳を閉じる間さえも、無く。

「フフッ……コレは『御褒美』だからね?」
    そこに、いたのは。
「どうせ初キスでしょ?……感想は?」
    自称「美少女」の、傲慢な「美人」で。
    自称「この物語のヒロイン」だった。
「……めっちゃ、歯が当たりました。あと、めっちゃ、涙と鼻水の味でしたね」
「んなっ!?」
    何だか、何もかもが、可笑しくて。
    僕は、馬鹿正直な答えを、口走ってしまう。
「ソレはお互い様だ、バーカ!」
    こんな年末に、夜の公園で。噴水の傍らの地べたに座り込んで。いつまでも、抱き合っている。
「……キミは、こんな『名言』を、知ってるかい?」
    傍目には、なんて可笑しな、二人だろう。
「『異常な状況で結ばれた男女は、長続きしない』って」
「……『スピード』ですね。いわゆる“吊り橋効果”の話で。確かに続編は、ヒドかったです」
    おまけに、唐突な映画談義と来たモノだ。
    すると睦美紅子は、鼻水を啜り上げて。
「だから、さっきの、キミの『恥ずかしい告白』は」
    にやりと、口角を吊り上げた。
「『聞かなかったコト』に、しといてあげるよ」
「ぶふっ!」
    --その瞬間は、間違いなく本気で、必死だった。
    それだけに、改めて指摘されるのは。
    顔面から火が出るような、気持ちに襲われる。
「だから……だから、さ?」
    先輩は、その吊り目がちの眼差しで。
「この『異常な状況』が、落ち着く頃までに」
    真っ直ぐに、僕を見つめて。

「ちゃんと、私を『惚れさせて』みせてね?」

    はっきりと、そう告げた。
「……善処、します。ハイ」
    思わず、僕は俯いてしまう。
    それは、きっと、恥ずかしくて。
    --嬉しくて。
「フフッ、楽しみに、待っているよ」
    そんな僕の頭を、くしゃくしゃと、先輩が撫で回す。
    温かく、優しい手触り。
「……ええ。任せて、下さい」
    十二月、二十八日。
    “タンクデサント部”の、一日限りの「復活」。
    今日という日は、きっと。
    人が言う「死ぬには善い日」では、なくって。
「……うん。待ってるからね」
    こんな“セカイ”は「異常」なのかも、しれない。
    それでも、僕は。
    --僕らは。
    藻掻いて。足掻いて。
    泣いて。笑って。恋をして。

    カッコ悪く。不条理に。

    これからも、生きていくのだ--。

    僕は、顔を上げる。
    街灯に霞む、星空を背景に。
    僕の恋する、先輩が。
    笑っていた。





『青春タンクデサント』完