【青春タンクデサント】a3「The Tuning」
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大粒の雨が、絶え間無く、窓ガラスを叩く昼下がり。
僕はぼんやりと、ベッドに寝そべっていた。
姫宮絵里に借りた音源を、垂れ流す。イギリスの、良く知らないバンドのベスト盤。ゆったりとしたストリングスがワルツ調を刻む上に、気怠いボーカルが乗る。
(……ん〜、例えば、だけど)
まだ、そう古びてもいない記憶の中で。
姫宮絵里が、一生懸命に、説明を始める。
「……ん〜、例えば、だけど」
市営図書館の中庭の、木製のベンチに腰掛けて。
「犬飼君が、電車で座っていたとするよね?」
三つ編みのお下げを、右手の指先でくるくるとする癖を披露しつつ。
「そこに、おばあちゃんが乗ってくるの」
野暮ったい眼鏡の向こうで、くりっとした瞳をぱちくりさせながら。
「そしたらね、犬飼君は、迷わず、自然に席を譲る」
姫宮絵里は、理解るような、理解らないような、そんな喩え話を、僕に語ってくれる。
「……それは、自発的に、ってこと?」
葉桜の下、柔らかな木洩れ日が降り注ぐ。
「うん、そう」
こじんまりとした噴水を背景に、クラスメイトの少女は、真っ直ぐに僕を見つめる。
「そういう『優しい気持ち』が、自然と湧いてくるの」
「……理解んないな」
僕の口元が、微かに歪んだ。
「ソレが『正しい』ってコトなのか、僕には」
そうして、姫宮絵里を困らせる。嫌なヤツだ。
「うん……でも」
彼女は伏し目がちに、しかし、はっきりと。
「『間違ってはいない』から。きっと」
僕に、そう告げた。
「……ソレが、『実感』?」
「……ううん。最初に言ったでしょ?」
穏やかな、日曜の昼下がり。
町の喧騒を離れた、図書館の中庭で。
「『例えば』の話、って」
--姫宮絵里は、嘘が下手だった。
大粒の雨が、絶え間無く、窓ガラスを叩く昼下がり。
僕はぼんやりと、ベッドに寝そべっていた。
結局、聞けず終いだった「問い」。
「姫宮さんは、もう“チューニング”受けたんだ?」
もし、僕が、真正面から。問い質していたなら。
あの「優しい少女」は、正直に答えてくれたのか。
それとも、やっぱり、下手クソな嘘を吐いたのか。
僕が「本当に聞きたかった答え」は、喪われたまま。
《Yes, it really really really could happen》
《When the days they seem to fall through you》
《Well, just! let them go……》
姫宮絵里から借りた、良く知らないイギリスのバンドの音源が。どこか皮相に、コーラスを歌い上げる。
机の引き出しには、“チューニング申込書”が「記入済」の状態で眠っているのを、僕は知っている。
土砂降りの日曜。
姫宮絵里の、葬式の翌日。
僕はぼんやりと、ベッドに寝そべっていた。
Blur - The Universal