社畜な鯱狗の妄想雑記

吾唯足知、即身仏。南無、阿弥陀佛。

【青春タンクデサント】a6「二学期半ばの、サボタージュ!」

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「海を、見に行きたいと思う!」
「……今、このタイミングで?」
    結局のところ。“タンクデサント部”として「夏休みの活動」は、ほぼ、無かったと言える。
    そうして迎えた二学期も早々に、“部長”が宣言するのだから、僕が呆れるのも無理からぬ話であろう。
「そうとも。今、このタイミング『だからこそ』だ!」
    にも拘らず、睦美紅子は自信満々に、チェーンのコーヒーショップのテーブルの上に、手帳を広げた。
「決行は、十月の『この日』だから、よろしく」
「そんな、日程まで、もう……ん?」
    話に置いてけぼりにされかけたところで、気付く。
「いや、あの、『この日』って、たしかーー」
    思わず口元が引き攣る僕に対して、こともなげに。
 
「そうだな。文化祭の二日目だ」
 
    先輩は悪戯っぽく、微笑んでみせた。
「え、まさか先輩……サボリ、かます気ですか?」
「違う!」
    流石に腰が引ける僕に対して、吊り目がちの「美人」が力強く宣言する。
 
「“サボリ”ではない!“サボタージュ”だ!」
 
    --頭を抱えたくなる、とは、このことか。
「良いか、我々“タンクデサント部”は、『不当にも真っ当なコト』に、まったく『学校非公認』であるワケだ!」
    これだけ「活動実態が不明瞭」である上に、“部員”は、まさにこの「二人しかいない」のであって。
「なれば、この『弱小』の、我々“タンクデサント部”が、古式ゆかしき『弱者の武器』を行使するコトは、まったくもう『歴史的に正当な抵抗活動』なのだぞ!?」
「……ナルホド、『先人の知恵』に学ぼうと」
    そういえば、この人は「小説より歴史を好む」と、公言していたっけ。
「ちなみに、先人曰く」
    そして僕の心境は、馬鹿馬鹿しいような「諦念」と。
「無理が通れば、道理が引っ込む、と」
「にゃにおぅ!?」
    一抹の「期待のようなモノ」に、包まれる。
    夏休み明けの放課後。コーヒーショップを行き交う、見知らぬ人々の、喧騒の片隅で。
「……まぁ、分かりましたよ、“部長”」
    その「提案」に、僕が応じた時。
「上手いコト、二日目は抜けれるように、しますんで」
    睦美紅子は「何故だか」。
    ひどく「驚いた」ような、そんな顔をしていた。
 
    --そうと決まれば、それなりに手は掛かる。
    クラス演劇では道具類の担当に収まって、文化祭の当日までは、できるだけ「協力的」に、働いた。初日については、付きっ切りで雑用に働くシフトを組んで、代わりに、二日目は「他の出し物を廻りたい」という趣旨で、シフトを空けて貰う。
    幸か不幸か、その二日目に。
「犬飼は、クラス内のどのグループで、廻るのか」
    ということまでを、詮索される「キャラ」ではない。
    そして、二日目は“後夜祭”をメインイベントとして、本格的な撤収・復旧は、更に翌日に行なわれる。
    御陰様で「サボリ魔」の汚名を負って、クラスで肩身が狭くなるということは、どうにか防げそうだ。
「--というワケで、ですね」
    人も疎らな、シーズンオフのローカル線を乗り継ぎ。
「こんだけ、苦労して。コレが、果たして」
    先輩と僕。“タンクデサント部”の、二人で。
「“サボタージュ”と言えるのか、って、話ですよ」
    半島の先端。十月の海を、目指す。
「フフッ、いやいや、すまなかったな」
    ボックス席の向かいで、淡い水色のカーディガンを羽織った睦美紅子が、にやにやと僕を眺める。
「貴様は、つくづく、マジメなんだな」
    思えば、私服姿の先輩というのは、新鮮だ。
「……別にマジメなんかじゃ、ないですよ」
    --やっぱり「美人」だな、とは、口に出さない。
「ただ、『面倒事』がキライな、だけです」
    車窓に肩肘を突いた先輩は、鼻で笑って。
「ソレを、人は『マジメ』というのさ」
「……さいですか」
    夏の色から褪せた、山合いのトンネルを幾つか抜け。
(ソレは、僕を「軽蔑してる」んですか、先輩?)
    言葉を一つ、呑み込んで。
    目的の駅に向かって、電車が減速を始めた。
 
    駅前の裏寂れた食堂で、腹拵えを済ませる。
「あいにく、私に」
    古い町並みを、緩やかに下っていく。
「手作りの弁当を用意するような“女子力”は無くってな!それに、家から持ち歩くとか、重いし!」
「……ドヤ顔で言い訳、ありがとうございます」
    潮の香り。傾いた電柱。
「それに、僕は、別に」
    錆びの浮いた看板が、「海水浴場」へと案内する。
「端っから、そーゆーの。先輩に期待してませんので」
    雑木林の小径を抜けると、そこには。
 
「おー、着いたな!」
 
    海が、広がっていた。
「おー」
    --ささくれ立っていたような、気持ちが。
「犬飼恭兵よ、見ろ、海だぞ!」
「見りゃ、判ります。あと、犬飼でイイです」
    少し。晴れるような気がした。
「フン、フン、フン♪」
    夏の間に棄てられた、花火の燃えさしやらのゴミを避けながら。鼻唄交じりの睦美紅子が、波打際を目指す。
「うぉ、冷たい!」
「……小学生ですか、先輩は」
「にゃにおぅ!?」
    後から追い付いた僕も、手首まで、浸けてみる。
「聞き捨てならんな、犬飼恭兵よ」
    ひやりと、波が、背筋まで、伝った。
「こうなったら、『お城作り』で、対決でもするかい?」
「……二度は、ツッコミませんから」
「……むぅ!」
「ハイ、あざとい『頬っぺたプクー』、頂きました」
    先輩と目が合って、互いに苦笑いをする。
    --何だかんだ、僕だって、はしゃいでいるのか。
「さてと。アチラの方に」
    ストレートの長い黒髪を靡かせて、彼女が指差す。
「ちょっとした、岩場があるな」
    文化祭、二日目の“サボタージュ”。
「きっと、見晴らしが良いだろう。行ってみようか」
    僕ら二人の“タンクデサント部”は、当て所も無く。湾に面した砂浜を、歩いていた。
 
    --そう、本当に「当て所も無く」。
 
「秋の陽というヤツは、やっぱり、短いな」
    浜辺を見下ろす、堤防のベンチに、並んで腰を下ろす。
「フフッ、聞くトコロに依れば、『西方には極楽浄土がある』らしいぞ?」
    睦美紅子が、また、突拍子も無いことを言い出す。
「……あいにくですが」
    僕は、また、淡々と切り返す。
「少なくとも、こっから西にあるのは、湾の向こう岸の、同じ日本です」
「ふむ、ナルホド……渡っても“彼岸”ではなくて、陸続きの“此岸”であるというコトか」
    波の音が、遠くに寄せては、返す。
「……『つまらなかった』、かな?」
    そして、先輩が嘆息した。
「いえ、先輩が『不思議ちゃん』なのは、今に始まった話じゃ、ありませんから」
    僕の失礼な返答に、先輩が、首を横に降る。
 
「そうじゃなくって、今日の『丸一日』の話さ」
 
    西日に照らし出されて。
    睦美紅子は「何故だか」。
    ひどく「諦めた」ような、そんな顔をしていた。
「……そうですね」
    --僕が今、「どんな顔」をしているのか。
「僕には、良く、理解りませんが」
    僕には、良く、理解らないけれども。
「コレは、“サボタージュ”であって、『歴史的に正当な抵抗活動』なんですよね?」
    先輩の「そんな顔」は、見たくない。
「じゃあ、だったら、イイじゃないですか。別に『面白くある義務』なんて、無いでしょう」
    それだけは、ハッキリしていて。
「それに、僕は。コレで良かったと、思ってます。連れてこられたのが『秋の海』であって」
    僕は、自分でも恐ろしいほど、饒舌になる。
    先輩は、それを遮らない。
「……僕は正直、『夏の海』は、苦手なんですよ」
    鳶だろうか。シルエットが、上空を旋回する。
「何だか『書を捨てよ、町へ出よう』って、責められてるような気分になるから」
    およそ「語感」だけに引っ張られた、的外れの「引用」までも、思わず口を突いてしまう。これで「書評サイトの管理人」なのだから、笑わせる。
「……ハイ、そういうコトで、以上です」
    投げやりで間抜けな言葉で、締め括る羽目に陥る。
    --ソレが、僕という、無様な人間なのだろう。
    そして訪れた、暫しの沈黙を、破ったのは。
    その人の、笑い声だった。
「フフッ、フハッ、フハハハッ!そうか、キミは、そう言ってくれるのだな!あくまで『つまらなくなかった』と、フォローするワケでもなく!」
    言われてみれば、確かに、フォローになっていない。
    ますます無様な気分に陥りそうな、僕のコトを。
「フフッ、フハハッ、実にキミらしいよ!」
    睦美紅子は、こうして「キミ」と、呼ぶ時がある。
「……あはは」
    気が付けば、僕も釣られて。
「フッハハハハハハ!!!」
「あっは、は、はっ!!!」
    不恰好に、笑い出していた。
    芝犬を夕方の散歩に連れている御婦人が、胡乱げにコチラを見やっているが、関係無い。
 
    --今、この瞬間。この「世界」は。
    僕ら“タンクデサント部”が。
    まさしく「征服」したも、同然なのだから。
 
「しかし、貴様は、少なくとも一つ」
    一頻り、馬鹿笑いを終えて。
「『損をした』と考えている。そうだろ?」
「何がです?」
    目尻を拭った、先輩は。
「せっかく海まで来たのに、この『美少女の水着姿』を、拝み損ねたのだからな!」
    既に「いつもの顔」に、戻っていた。
「……あ〜」
「な、何だ、その気の抜けた反応は!重要だろ!?」
「いや、まぁ、確かに先輩みたいな『美人』なら、見たくないって言ったら、嘘になりますが」
    --いつもの「傲慢な美人の顔」だ。
「だから私は『美少女』だというのは、さておき」
    だいたい、いつも通り。先に座った先輩が、先にベンチから立ち上がる。
「そーゆー『下心』は、大事だぞ!犬飼少年よ!」
「……変化球ですか。だから、犬飼でイイです」
    こちらの動揺を誘って、ペースに巻き込む。先輩のお決まりの手口に、どうにか抵抗を図るものの。
 
「--もし、キミが私と、付き合っていたなら」
 
    勝ち目が無い。ココで「貴様」呼ばわりを止めるのは、ハッキリ言って、ズルい。
「キミは私の肩を抱き寄せて、キスをしたかもな?」
    睦美紅子の、真っ赤なヘアバンドが、揺れる。少なくとも、水色のカーディガンには、まるで合っていない。
「そして更に、キミが大学生になって、一人暮らしを始めていたなら」
    その、吊り目がちの眼差しが、僕を絡め取る。
「私を連れ込んで、セックス三昧だったかもな?」
「なんちゅーコト、言い出すんですか!?」
    とうとう堪え切れず、叫んだ。
「なんだ、イヤか?セックス三昧は??」
「だ、だから連呼しないで下さいって!」
    どう考えても、状況への「正解」が浮かばない。というより、考え自体がマトモに働かない。
「しかしな、もしも『好い人』に出逢えたなら、そーゆー『経験』をしとくのも、悪くないと」
    夕陽が、小さな湾に、墜落していこうとしている。
「少なくとも私は。そう、思っているぞ?」
    --どこまで「本気」で、喋っているのか。
    推し量ること自体が「無意味」なのだ、この人は。
「……さいですか」
「出た!犬飼恭兵の『必殺技』!」
    僕の、つまらない「口癖」。
(つまりはコレが、僕から先輩への、精一杯の“サボタージュ”なんですよ)
    解説は、しないでおく。
    シーズンオフのローカル線を、逃さないように。
    十月の或る日の“タンクデサント部”の「活動」は、こうして終わりを告げた。
 
    --同時刻。
 
    犬飼恭兵と睦美紅子の預かり知らぬ、二人が暮らす同市内の、とあるアパートの一室。
「そうだこれでまちがいないまちがいない!」
    散乱したコンビニ弁当の残骸。焼酎のボトル。腐臭。
「まちがいないまちがいないおれのリロンにまちがいはないぜったいにぜったいに!」
    山積みの大学ノート。ノイズだけ垂れ流す携帯ラジオ。レーザー測量器。ガイガーカウンター。とうに水もガスも止められた部屋で、煌々と輝くデスクトップPC。
「おれがセカイをすくうおれがおれがおれが!」
    びっしりと付箋が貼られた、電話帳。
「おれがセカイをすくうセカイをすくってすくって!」
    ゴミ溜め同然の部屋の、片隅に。
「ゆきえをとりもどすゆきえをゆきえをゆきえを!」
    あたかも“聖域”のように掛けられた、中学生ほどの少女が微笑する、写真立てに向かって。
    その男は、陥ち窪んだ眼窩で、微笑み返していた。
 
    --文化祭が明けた、非公認の“タンクデサント部”を擁する、その学校に。
 
    “測量オジサン”の噂が、流れるようになった。